菅野 由弘(かんのよしひろ)研究室
表現工学●インターメディア・ミュージック
本来、表現は感覚的に行われ、最終的な判断基準も全て感性にゆだねられる。が、昨今のコンピュータの発達は、感性から出発し、感覚に帰結する表現の流れを変化させる可能性を持っている。
「マルチメディア」が意味する表現に一定の「枠」がはめられ、その可能性より遙か下方で一段落した結果、この言葉は今や色あせた感がある。しかしながら、本当の意味でメディアがクロスすることなく、インターフェイスとしてコンピュータが介在するだけの、ごく当たり前の「映像+音楽」の作品が排出しただけで可能性の芽がつみ取られてしまうのは、誠に残念である。また、音の空間性という、重要なファクターも十分に生かされているとは言い難い。こうした現状は感覚のみを頼りに仕事をする表現者と、学問的裏付けを持つ技術者の間に接点がないことに起因する所が大きい。
この研究室では音楽を中心とした表現を工学的に検証し、新しい表現の可能性を探り真の意味でのインターメディア・ミュージックを生み出す事を目的としている。また、音にまつわる様々な事象を研究対象としている。
当面、次のような研究項目を考えている。
研究項目
1.音楽表現と創作研究
芸術音楽、実用音楽、付帯音楽を問わず、また、あらゆる楽器の音楽、コンピュータ音楽、日本の伝統音楽、世界の民族音楽など、全ての音楽表現が対象となる。作曲、創作を軸とし、純音楽的発想から新しいインターメディア・ミュージックを生み出す可能性を模索する。又、そうして作られた音楽の分析研究による更なる展開を考えて行く。
2.環境音楽
サッポロビール北海道工場(恵庭)の800mに及ぶ見学通路と芸術庭園「恵みの庭」の空間環境音楽、同じくサッポロ・ファクトリーの環境音楽(いずれも常設施設)の作曲、制作、設置の実績を生かした、人間が空間を移動するにしたがって音空間が変化し、音を文字通り「体験」できる新たな空間づくりの研究。これは、建築と、音響学の分野の研究室との連携による騒音への対処、音に配慮した空間の根本的な見直しも含めて、実際の環境に即して研究を進め、出来上がった空間に「音をはめる」事から一歩先へ進めたいと思っている。又、サウンドスケープや、既に設置されている様々な環境音の分析研究も行う。
3.自然界のデータ、及び、他者との関わりによる表現行為としての音楽
人間の感性を呼び起こし、音楽の素材になりうる物、例えば言語、動作、思考、物体の運動、音、人間、映像、自然現象、環境などを検証し、それらを記号化、数値化、データ化、プログラム化し、音楽の素材を導き出す研究。既に星のメッセー
ジ信号である「パルサー・データ」による音楽などを発表しているが、その方向を更に押し進めたい。又、ヴィジュアル作品とのコラボレーションによる表現、 創作、研究も行う。
4.放送音楽と映像音楽
昨今、放送をはじめとする映像付帯音楽が過剰すぎて、ナレーションなど内容が聞き取り難い、との声が聞かれる。これにはいくつかの要因が考えられるが、高齢化社会を迎えつつある現在、聴取者の耳の状態が一定でないことに起因する事も大きい。若い耳には「完成度の高い作品」でも、高齢者には「音楽が大きすぎる」結果をもたらしている。今後、放送の多チャンネル時代を迎えることから、一般向けと高齢者向けの2種類、或いは数種類のミキシングによる送出が十分可能となることから、それに向けた基礎研究を行いたい。
5.耳を休めるための音楽
現在の、特に都市部における音環境は、最悪の状況にあると言わざるを得ない。耳は塞ぐことができない。耳を休める場所が極めて少ない。そんな中にあって、耳を休められる、耳に易しい静かな空間は、やや逆説的ではあるがコンサートホールなのである。「耳を休める音楽」あるいは「耳を澄ますための音楽」をコンサートホールで展開、これも新たな方向性の探求である。
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